日本ベンチャー学会清成忠男賞

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「清成忠男賞」について

奥村 昭博 審査委員会委員長、日本ベンチャー学会副会長、静岡県立大学大学院教授
2009年11月

 日本ベンチャー学会において「清成忠男賞」が制定されてからすでに4年を経過した。もともとこの賞は、日本のベンチャー企業の創設以来数十年にわたってその育成にかかわってこられた清成忠男先生の貢献をさらに発展させ、ベンチャー研究をさらにつなげるという意味で、清成先生のご寄付によって基金が預託され、毎年若手研究者による優れた研究論文および著作に対して贈られる賞である。日本ベンチャー学会としてももっとも栄えある賞であり、また学会の象徴ともいえる存在といえよう。
 しかし、これまで4回の授与を経たことで、本賞に対していくつかの提言や考察が生じてきた。それは「清成忠男賞」の根本的性格にもかかわることでもあり、さらには今後のベンチャー研究の方向性にもかかわることである。したがって、この報告において、2009年度の第4回「清成忠男賞」の講評を行うとともに、それに加えて「清成忠男賞」の在り方及び今後の研究の方向性についても論議したいと思う。このような報告を表そうと至った動機は、本賞選考委員一同が大いなる危機感を抱いたからである。日本経済の停滞の中で、その閉塞を打ち破るのはベンチャー企業であろう。今こそ、ベンチャー企業が続々と輩出し、日本経済を変えていかねばならない。にもかかわらず、昨年(2009年)、市場公開(IPO)に至ったベンチャー企業の数はわずか13社といわれている。明らかに日本のベンチャー市場は極度に冷え込んでいる。ちなみに今過熱気味の中国市場あるいは着実に伸びている韓国市場においては、IPOが引きも切らないといわれている。今や2008年度にIPOした企業の数においては中国、米国、欧州にも大きく後れをとっており、世界のなかでその価値は1%しか占めていないという状況に至ってしまっている。一人日本のベンチャー企業が冷え込んでいるのである。このような日本経済の停滞はアカデミアにおける研究の内容やレベルにも関係しているのであろうか?
 J. シュンペーターの述べるように、経済発展はイノベーションと深く関連している。逆にいえば、経済の停滞はイノベーションの低下ともいえる。革新的技術の発明、革新的経営手法の導入などが一国の経済を発展させるが、それはまた学会と実務界との高い相互作用からも生まれる。この相互作用が研究の内容や水準を高め、またそれが実務界に反映され、経済発展がプラスのスパイラルに入るのである。一般には、大学における技術開発研究からベンチャーが生まれ、それが経済全体を活性化するといわれる。しかし、大学の研究は技術研究だけではない。ベンチャー企業の経営あるいはその輩出を生み出す仕組みの研究といった社会科学分野の研究もある。アカデミアによる研究がベンチャー企業の経営に実質的に機能することが求められている。しかし、近年の日本経済の停滞は、ベンチャー企業に関する社会科学研究の減少と関係があるといえよう。まさに経済の実態と研究が連動しているかのごとくである。そこで、本稿では、このような問題意識を前提に、第4回の「清成忠男賞」の総括報告を行い、そのうえで今後のベンチャー研究の在り方に触れ、「清成忠男賞」の在り方に論及したいと思う。

●これからの清成忠男賞のあり方について
 ベンチャー学会としての研究論文のあり方とはいかなるものであるべきだろうか。これには多様な論議が存在しうる。それはひとえにベンチャー研究には多様なアプローチがあるからである。まず理論研究からのアプローチがある。経営戦略論、経営組織論、企業家論、財務論、経済学、心理学、経営史学など様々な領域からのアプローチがある。それぞれが固有のパラダイムを有しており、統合化を図ることは困難である。近年、アントレプレナーシップに関して理論的統合化の動きが出始めてきている。Scot A. Shaneによる一般理論化への動きである。Shane("A General Theory of Entrepreneurship", 2004)らはこれまでの膨大なアントレプレナーシップに関する実証研究を総括してその一般化を図ろうとしている。彼のカギ概念は「個人―機会の結節点」というもので、いかに個人が企業のチャンスをつかみそれを実現していくかという視点である。さらに、組織論ではかつてはポピュレーション・エコロジーという理論からのアプローチがあった。これはある業種が誕生し、成長し、そして衰退していくという原因とプロセスを、個体群生態学としてとらえる理論である。代表的にはCarroll and Hannan(1995)があげられる。しかし日本では必ずしもこの理論は受け入れられなかったため、ベンチャー研究としては一部しか普及しなかった。近年、組織論において制度派アプローチというものが現われてきている。制度として環境に埋め込まれた企業家的価値が発露して企業が生まれるという考え方である。とりわけ移民のもたらす価値がある社会の中で起業という形で発露するというものである。本年の受賞作の高橋氏の論文は、神戸の華僑という移民集団をサンプルに取り上げたのもこの文脈からである。制度理論は、組織をその社会に埋め込まれた価値の集合体ととらえる。したがって起業価値を文化として受け継いでいる社会と、そうでない社会とでは起業に関して大きな差異が生じるのである。この意味ではベンチャー企業をめぐる理論研究は欧米を中心として着実に進展してきている。
 しかし、それではこれらの理論はベンチャー企業研究を確固たる理論基盤となりえているかというと、必ずしも完成された理論だとはいえないのではなかろうか。もちろん、理論の精緻化を図るためにはさらなる理論的研究が必要ではある。理論精緻化を目指して研究者はさらに実証を重ねていくものである。これはこれで正しい研究方法ではあるが、この研究方法には一つの欠陥がある。それは「理論のための理論」に陥りがちになることである。高橋論文にはその傾向がある。制度派理論を極めんがために、神戸の中華街移民における企業研究を行ったのである。その目的は制度派理論の正しさらしさを証明するためであったと思える。この研究からどんな実践的含意、あるいは政策的示唆が得られるのであろうか?もちろん著者はそれは研究の目的ではないと答えるかもしれない。
 さらに近年、論文の書き方がある一定の型にはまることが要求されるようになった。論文の書き方の標準化である。それは、研究目的の設定、その課題をめぐる先行文献のサーベイと論及、サンプルの選定、実証データの解析、そのデータに基づく仮説の検証、そして結論の導出、といった一連の流れに沿って論文を書くというものである。この論文の書き方はある種のルーティンであって、とりわけ若い研究者には守るべきものとして奨励されてきた。確かにそれは研究の精緻化に役立ってきたし、論文の普遍化にも機能している。海外のジャーナルはこの様式が標準であるため、日本語文献もこのまま英語化すればジャーナルに投稿できるからである。しかし、この論文の書き方は、逆に、ある種の論文のスタイルの一律化をもたらし、ある意味では面白い論文の発現する確率を低くしてしまった。
研究スタイルの画一化は、欧米の博士論文あるいは査読付き論文の普及でもあるが、それはある意味では研究自身の画一化を促すことになってしまっている。このスタイルになりにくい研究、あるいは実証可能性の低い研究、理論構築を目指した理論モデル型研究を少なくさせてしまってはいないだろうか。またこういった訓練を受けていない実務家による研究や提言も出にくくしている。ベンチャー企業の研究ではまだまだ実務家による貢献は欠かせない。経営学の歴史を見てみても、当初は多くの実務家による研究が学界をリードしていった。そして、C. I. バーナード(「経営者の役割」1945)のごとくの実務経営者が学問の進化に大きく寄与した。A. P. スローン(「GMとともに」、2003)もGMの経営経験から優れた研究書を残した。こういった実務家からの研究貢献自体が学界のレベルを上げていったのである。要は実務家にももっと参加し易い学会誌掲載の環境が必要だということである。
 面白い研究論文とは、二つの意味での面白さ、つまりインタレストがある。一つが、リサーチ・インタレストというもので、理論づくりあるいは新たな理論的言明や概念の発見につながる研究である。例えば、R. バート(1995)のネットワーク理論における構造的空隙(structural hole)が、企業家的機会という概念とどのように関係するのかといった課題を取り上げることである。もうひとつの研究課題は、実務的インタレストといえるものである。現実の問題から研究テーマを設定するのである。たとえば、なぜ日本では開業率が低下して、廃業率と逆転してしまったのかとか、なぜDeNAが成功を収めることができたのかといった課題を研究テーマとして取り上げるのである。この実務的研究課題のアプローチは規範的研究でもある。つまり、何らかの実行可能な処方箋を目指した研究でもあるからである。国や行政では研究に対して何らかの政策提言を期待している。ベンチャー経営者もまた問題解決のヒントとなる解決策あるいは経営提言を期待している。望むらくは、この二つの研究インタレストを満たす研究が望まれる。しかし、日本ベンチャー学会としては、この後者の実務的に見て面白いといえる論文が必要である。
研究の方法論についても若干言及して起きたい。近年は統計処理をした研究が求められる傾向にある。この場合、研究者は膨大なデーターを収集し、これを統計分析にかけて実証的研究を行う。これもいわばある種の研究の基本スタイルである。しかし、これもまた実務家にとっては論文投稿の障壁である。しかし、研究には理論研究、実証研究、ケース研究など様々な研究方法がる。要は、研究として価値があるかどうかである。価値があるかどうかは最後には市場が決める。市場とはここでは研究誌を読む読者であり、そこから示唆なり答えを得た読者である。多くの読者が知的にわくわくするような論文が市場からの評価を得たものである。ケース研究も興味ある方法である。秋庭氏のペット保険のケースは興味あるものだ。ケースそのものがいくつかの研究課題を内包している。問題はそのケースをいかに料理するかである。秋庭氏は事業発展のメカニズムを分析するのにこのケースを用いたが、その課題を解くのにこのケースが適切だったろうか?むしろペット保険がなぜ今までだれも考えなかったんだろうか、なぜ大手が行わなかったんだろうか、どこまで大きくなれるビジネスなんだろうかといった課題を考えるのにふさわしいケースのような気がする。
 ケース研究は一見とっつきやすいようにみえて、実は扱い方を間違えると大変難しい方法でもある。理論とケースとの適合が難しいからである。ケース自体が面白くてもそのケースを通じてどのような理論的言明を行うかが適合しなければ、どんな素晴らしいケースでもその価値は半減してしまう。また理論を説明しようとしてそれに合うケースを探すのも大変である。さらにケースを取材する際に、的確な人物やデータに出会えるかも必ずしも分からない。この分野の研究ではR. バーゲルマン(2006)が参考になる。丹念にインテル社内の戦略的展開を時系列的に追った興味深いインデプス研究である。正しい人物とコンタクトし、正しい情報を得ることがケース研究のカギだともいえよう。研究者にとってはまさにこの人脈作りがよい研究への道だといえよう。
ベンチャー研究には多様なアプローチが必要である。ベンチャーの現場はクリスタルボールのように多面的である。決してひとつの方法論で迫れるような現場ではない。さらにベンチャー研究はまだまだスタートしたばかりで、歴史からいってもここ数十年しかない。清成先生たちが日本における創業世代である。まだまだその歴史は石器時代だともいえよう。それは、ベンチャー研究にはまだまだ研究余地がたくさんあるという事でもある。多様なディシプリンから、多様な研究方法論で行われるべきである。さらに理論研究のみならず、実務家からの提言、行政への政策提案、実務へのインプリケーションなどをもっと積極化すべきである。よく研究者に対する批判として、『実務を知らない』というのがあるが、実務に対する含意を含んだ研究を意図した研究が望まれる。ベンチャーの実務界と学会は常に協働関係であるべきだからである。
 『清成忠男賞』が今後とも日本ベンチャー学会の象徴的存在であるためには、日本のベンチャーを研究でも実務でも牽引できるだけの存在でなければならない。今日の日本経済の低迷に、ベンチャー企業の貢献が少ないことも少なからず原因の一つとしてあげられる。今こそベンチャー企業が元気を出して日本経済を引っ張っていかねばならない。そのためにも学界を活性化し、たくさんの研究や提言が出てきて、ベンチャー企業が元気になることが必要である。

【参考文献】
C. I. バーナード『経営者の役割』(ダイアモンド社、1968年)
A. P. スローン『GMとともに』(ダイアモンド社、2003年)
R. A. バーゲルマン『インテルの戦略』(ダイアモンド社、2006年)
R. バート『競争の社会的構造:構造的空隙の理論』(新耀社、1995年)
Carrol l and Hannan. Organizations in Industry: Strategy, Structure and Selection (Oxford University Press, 1995)
Scott A. Shane. A General Theory of Entrepreneurship (Edward Elgar Publishing Ltd., 2004)

(※『日本ベンチャー学会誌 Venture Review』No.15より作成)

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