会長挨拶

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 日本ベンチャー学会は1997年11月に設立されました。1997年6月には我が国のコーポレートガバナンス改革の起点ともいうべきソニーの取締役会改革(取締役数の大幅削減と執行役員制の導入)があり、11月には北海道拓殖銀行が倒産、また創業100周年を迎えた山一證券が自主廃業しました。1989年末に日経平均株価が最高値を付けて以来、1997年当時は既に株価は半値近くまで落ち込んでおり、我が国の凋落は明らかでしたが、まさに日本的経営の大きな変節点の中で当学会は産声を上げたことになります。

 私事で恐縮ですが、私は1989年スイスのビジネススクールIMD(当時IMEDE)でMBAを修了しました。同校の「IMD世界競争力ランキング」で日本は当時堂々の一位で、その地位は以来数年間続きました。MBAクラス討議の中では、「日本企業あるいは日本的経営はなぜ成功したのか」という論点が頻繁に議論されましたが、日本人学生として私は様々な質問の矢面に立ちました。1997年、37歳の時に、私は約15年間従事した戦略コンサルティングの世界を離れ、学位を取得するために米国に行くことになります。アカデミアの世界に身を投じたいと強く願って博士号取得を目指した訳ではありません。上述した当時の状況を反映して、私の博士論文では、日本の系列システムの崩壊をコーポレートガバナンスの観点から考察することになりました。学会設立の年が、その後大学教員となる起点ともいうべき私の人生の岐路と重なったことに、やや大袈裟ですが宿命的なご縁を感じます。

 当時、"Practitioner Scholar"というたいへん興味深い言葉に出遭いました。私が所属したビジネススクールが1995年に開講した米国でもユニークな博士号プログラムのキャッチコピーでした。修士号および15年程度の実務経験を有していることを参加要件としており、私の同僚学生には、起業し、EXIT経験を持つ複数の受講者をはじめ多士済々でした。経営者、実務経験者が自らの考えや体験を理論化する、経営の様々な理論を実践に適用することに重きを置いた博士号プログラムのValue Propositionが"Practitioner Scholar"だったのです。私は、我が意を得たりと強く感じましたが、このキーワードは日本ベンチャー学会の目的にも相通じるものがあります。ベンチャー研究は実務と理論の共通集合の中にその本質があり、清成忠男初代会長は日本ベンチャー学会の設立趣意書(1997年11月)の中で、「...... 学会とはいえ、たんなる研究者の集まりではなく、企業、金融機関及び官庁の人々、さらには社会科学系のみならず自然科学系の人々にも参加を呼びかける必要があると考える。」と明記されました。

 当学会がさらに20年の歴史を重ねた2040年に、日本企業の時価総額トップ30社の過半数を現時点ではスタートアップと認識されている企業が占めるような将来を私は夢想することがあります。しかも、その中には、世界でも一目置かれる存在感を持った多くの企業が存在する。1989年(平成元年)、時価総額世界上位30社の中に21社の日本企業が名を連ねた事実にしがみつき、ノスタルジアに浸っている訳ではありません。"ベンチャー原理主義者"として私は、今後20年間の社会や経済を牽引するのはこれまでイノベーションを担ってきた既存の大企業ではなく、現時点では設立間もない、あるいはこれから設立されるベンチャー企業だと確信しています。そのためにも教育者・研究者の端くれとして、またベンチャー支援の実務者として全精力を注ぐのが、自らの使命と感じています。
 
 数多くの方々が当学会員として様々な活動にご参画頂き、日本のみならず世界の発展のために、新しい社会を切り開いていくためにご一緒できることを切に願っております。

2020年1月  各務 茂夫  日本ベンチャー学会会長

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