学会誌

日本ベンチャー学会誌No.18 論文一覧

研究論文 /Article

朝岡大輔

M&Aを通じたイノベーションと成長

 成長企業が環境変化に適応し、イノベーションを継続するために内部のケイパビリティを変化させるに当たっては、M&Aは重要な手段である。特にイノベーションに不可欠な無形資産が企業内部の慣性や制度的な制約によって模倣不可能な場合には、M&Aによる獲得が有効である。
 政府の保護なしに個人の起業家らによりベンチャー企業として次々に創業され起業家精神の下で急成長を遂げた戦前の電力企業の事例を検討すると、次世代のイノベーションである水力発電技術による成長がM&Aを通じて実現されたことが分かる。
 これは、規模の経済や資本の獲得と共に、水利権という次世代技術に必要であり模倣不可能な無形資産の獲得を目的としたものであり、企業がダイナミックにケイパビリティを獲得し、イノベーションを目指すM&Aの例と言える。なお、公共政策の観点からは、M&Aのイノベーション促進と独占禁止政策の比較衡量の萌芽が見られる。

Key words:企業の合併と買収 (M&A)、イノベーション、ケイパビリティ、無形資産、公共政策

鈴木正明

創業期の業績を高める取引関係の特徴

 本稿では、創業期における取引関係(販売先との関係)と業績との関連を探る。分析には2006年に創業した企業を追跡したパネルデータを用いた。本稿の分析によると、取引関係は、商取引、非商取引の両面で創業期の企業の業績を左右する。商取引面に関しては、以前の勤務先の取引先を創業時に顧客として確保した企業や数多くの顧客を確保した企業の存続確率が高い。半面、顧客を確保して創業した企業の成長性は、顧客を確保せずに創業した企業と比べて高いとはいえない。この意味で存続条件と成長条件は異なり、創業後の取り組みが成長性を左右することが示された。一方、非商取引面に関して、創業後、既存の取引先に新規顧客の紹介を依頼した企業の成長性が高いことが確認された。信頼の不足に悩む創業期の企業にとって、既存の取引先への紹介依頼は新規顧客開拓の有効なツールとなりうる。

Key words:取引関係、存続要因、成長要因

岩井浩一/保田隆明

わが国の新規株式公開企業の質の変遷

 本稿では、近年のIPO市場の低迷を「企業の質」の視点から考察する。企業の質を実証的に計測することによって、幾つかの現象が確認された。第一に、IPO企業の質は上場時期によって異なっている。足許では、質の極めて高い企業しか上場できない事態に陥っている。第二に、どの新興市場にも同じような質の企業が上場しており、市場毎の特色は観察されない。第三に、業種によって上場のしやすさに格差がある。上場が容易な業種のなかから質の悪い企業が多数上場してきた可能性もある。第四に、上場後に急成長する企業には共通した特徴があるが、取引所や証券会社は、こうした急成長企業を上手く見出せていない。IPO市場の活性化のためには、証券取引所や証券会社の目利き能力の向上や、IPO企業と投資家の間の情報の非対称性を緩和させる取り組みも必要となろう。

Key words:新規株式公開、企業の質、上場基準

事例研究論文 /Case Study

小野正人

米国ベンチャーキャピタルのパフォーマンスの実態

 本稿では、米国のベンチャーキャピタルの行動とパフォーマンスを個別ファンドに踏み込んで実証分析を試みた。米国のVCファンドで一般に言われる高い収益率はインターネットバブル期に限られたものであり、2001年以降は全体として収益率がマイナスとなっている。
 また、高いリターンを上げた一部のファンドがVCファンド全体の収益の大半を占めており、ファンド間で収益の偏りが大きい構造にあることが確認された。この偏在は、IPOやM&AによってVCが実現する売却額(投資先の企業価値)に大きな格差があるためであることが、投資モデルと史的分析により推定できる。さらに、好成績をあげたファンドは一流と評価されるVCファームに偏在し、その成績は次回以降も続く傾向がある。このような特定のVCが持つ競争力は、その実績、評価、ネットワークによって形成された可能性が高い。
 今後、VCファンドの収益の大幅な回復は期待しにくく、他方でVC以外からの資金調達で成長するベンチャーも存在感を高めているなど、米国のベンチャー投資は大きな転換点にある。

Key words:ベンチャーキャピタル、ファンド、収益率、ベンチャー、アメリカ

日本ベンチャー学会誌No.17 論文一覧

研究論文 /Article

鈴木 勘一郎

権限委譲の神話と現実

 近年エンパワーメントや権限委譲は、期待されていた成果を生みださないケースや、失敗することも少なくないとの研究報告がなされている。また、権限委譲が直接実績に影響するのではなく、モデレータ変数によって媒介されるとの先行研究もある。
 本研究は、中堅中小企業の組織に関する独自のアンケート調査のデータを基にして、「関係性エンパワーメント」、特に権限委譲が、どのような条件下で機能するのかについての実証研究を行った。具体的には、独立変数としての権限委譲が、いくつかのモデレータ変数、例えばコントロール活動、信条システム、サポート活動などの経営活動と共に、従属変数である挑戦意欲と財務業績などの成果に対して、どの程度の影響度合いを持つかを検討した。
 結果としては、権限委譲は結果変数(特に挑戦意欲)との間に部分的に相関関係があり、またモデレータ変数のレベルによって結果変数に影響を与える可能性が確認された。権限委譲とモデレータ変数との補完的な関係について、今後より多くの実証研究がなされることが望まれる。

Key words:エンパワーメント、権限委譲、モデレータ変数

金森 敏

政策モデルとの比較を中心とした新連携の成功条件に関する研究


 本研究では、政府が制度設計した新連携の成功条件を次の2点から検討する。1つは、東北地域で実際に成功した新連携の成功条件と政府が制度設計した新連携の成功条件を比較することで、どのような条件が実際に新連携の成功に必要なのかを明らかにする。2つ目は、政府が制度設計した新連携の成功条件には、製品ライフサイクルの視点が抜け落ちているので、製品ライフサイクルの導入期、成長期の観点を踏まえながら、新連携の成功条件を明らかにする。そうすることで、導入期にはどのような条件が新連携の成功には必要なのか、成長期にはどのような条件が新連携の成功には必要なのかを明らかにする。具体的には、東北地域における導入期と成長期における新連携に焦点をあて、その成功条件を政府が制度設計した新連携の成功条件と比較検討する。なお、その際の研究手法としては、ブール代数アプローチの手法を適用する。

Key words:新連携の成功条件、政策モデルとの比較、製品ライフサイクルの視点、ブール台数アプローチ

伊藤 嘉浩

新規事業開発におけるもう1つのチャンピオンとアンタゴニスト

 筆者による新規事業開発の参与観察と複数の事例調査分析の結果、チャンピオン(擁護者)には従来言われてきたような新規事業を一貫して擁護し、支援するチャンピオンが存在する一方で、チャンピオンからアンタゴニスト(反対者)に態度を180度変えたり、また逆にアンタゴニストからチャンピオンに態度を変えたり、場合によってはチャンピオンからアンタゴニストに変わりまたチャンピオンに戻るという人物が存在することが明らかになった。これらの発見は今後の新規事業開発の研究に重要な貢献をする論点であると考えられる。
 また、これらの人物の態度変化の理由は、①外部環境の悪化、②クレーム回避、③新規事業の魅力の度合いの認識の変化、であった。

Key words:新規事業開発、チャンピオン、アンタゴニスト、社内企業家

秋庭 太/金 泰旭

市民企業家による資金獲得プロセスの分析

 従来の企業家活動研究では、企業家のネットワーク、事業コンセプトと資金獲得との関係を解明する研究が一般的であった。
 本稿は、広島市立大学の学生と教員が中心となって推進したアートプロジェクトのスタートアッププロセスを対象としている。最初は小規模な地域プロジェクトとして始まったが、現在は多様な分野のアクターを巻き込みながら大型プロジェクトとして成長しつつある。
 本研究においては小規模で社会貢献的な要素をもつプロジェクトと一般的なビジネススタートアップの差異について考察している。本研究では1年以上にわたりアクションリサーチとインタビュー調査によってデータが収集された。事例分析の結果、プロジェクトへの資金提供の面において、社会企業家的プロジェクトと一般的なプロジェクトとの違いが認識されている。特に、従来の研究結果とは若干異なり、確固たる事業コンセプトは必ずしも必須条件ではないと結論づけている。つまり、資金確保した後に、プロジェクトのコンセプトや詳細な内容が確立されていく場合が存在する。
 今後の課題として、一般化をはかるために本研究の領域をさまざまな地域やフィールドに拡大していく必要性があると同時に、さらなる研究蓄積と定量研究の実施が望まれる。

Key words:アートプロジェクト、市民企業家、企業家ネットワーク、資金獲得プロセス、アクションリサーチ

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